2021.05.29

DXと問い、そしてアジャイル

三津田 治夫三津田 治夫

コラム / 知活人ノート

先日、農林水産省が「「農業DX構想」の取りまとめについて」を発表した。「データ駆動型の農業経営により消費者ニーズに的確に対応した価値を創造・提供する農業(FaaS(Farming as a Service))への変革を進める」とし、日本古来の仕事である農業の世界にもDXが導入されようとしている。

9月にはいよいよデジタル庁が設置され、DX(デジタルトランスフォーメーション)により、政府は一気通貫したデジタル・プラットフォームを構築する動きがある。

混とんとしたいまの社会にデジタル化という一つの方向性が示され、希望に満ちた動きである。

1995年から26年間、IT編集者として社会の動きを見てきた私としても、このDXには期待している。
1995年から起こったインターネット革命は世界的なインフラ革命であった。
そしてDXは、デジタルを通した社会の仕組み全体の革命である。
インフラとサービス、アプリはすべて出そろった。
そこで「なにをやるか」が、DXの本質である。

DXはバズワード、とも言われる言葉だ。
Web2.0やHTML5、古くはモバイルコンピューティング、ユビキタスコンピューティングなどのバズワードが飛び交った。
こうした言葉の下で、社会が変わってきた。
特定の言葉をバズワードにするか実体のあるものにするかは、その言葉を受け取った人間が、それをどう受け止め、どのような行動を取るかにかかっている。

DXと「問う」とは?

俳優の稲垣吾郎さんはCMの中で、DXを「デラックス」と連呼する上司をユーモラスに演じていた。
CMの収録に際して稲垣さんはインタビューで、企業について次のようなことを語っていた。

「すぐに答えを求めるんじゃなく、問うことも大切なんじゃないかなと思います。」

DXと企業について、「問う」という言葉が気になった。
言葉に踊らされてIT化がうまくいかない企業や、ベンダーやコンサルタントのいわれるがままで、IT化が体をなさない企業は、いつの時代にも絶えることはない。

今回のDXにおいても、うまくいかない企業や、いわれるがままの企業、あるいは積極的に導入を拒否する企業など、DXで不幸に遭遇する企業が少なからず出てくるはずだ。

そうした不幸を回避する最良の処方箋は、この「問う」であると私は思う。
日本の組織において「問う」は、並大抵のことではない。
経営者から従業員までが「問う」をはじめたら、組織は崩壊しかねない。
しかし、もはやそんなこと言っている場合ではないが、いまの日本の組織である。

すべての道は「アジャイル」へと通じる

その昔、日本のソフトウェア開発の現場で、組織から嫌厭されたという、アジャイルソフトウェア開発に取り組むITエンジニアたちの声をたびたび耳にした。彼らはつねに開発の姿勢として、問いと対話を重視する。

アジャイルソフトウェア開発は、ITエンジニアたちのひたむきな取り組みを通じて、この10年で日本でもようやく浸透してきた。その引き金を引いた象徴的なベストセラー作品に、『アジャイルサムライ』があった。発刊は2011年夏。奇しくも東日本大震災の発生した直後である。

DXを通して、とくにコロナ禍で急成長を遂げるスタートアップ企業は多数存在する。
そんな企業の経営者たちに取材で対話を続けている。

彼らは日々、「問い」を断念しない。
既存のもの、目前のものに対する「問い」から、彼らは課題を抽出し、その解決策を社会価値として還元するべく、試行錯誤を繰り返す。
その姿は、10年前の日本のアジャイルソフトウェア開発者たちのひたむきな取り組みと重なって見える。

2001年、アメリカ合衆国のスノーバードにて17人の著名なITエンジニアが発した「アジャイルソフトウェア開発宣言」から、以下を引用する。

プロセスやツールよりも個人と対話を、
包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、
契約交渉よりも顧客との協調を、
計画に従うことよりも変化への対応を、価値とする。

いまやソフトウェア開発だけでなく、すべての仕事に通底する言葉となった。
スタートアップなど、事業開発の原点も、ここにある。

「計画に従うことよりも変化への対応を、価値とする。」

変化へ俊敏に対応する。

DXを実現するキモは、ここにある。


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